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「共有の時」 東筑摩塩尻校長会長 三澤 正彦

  おばさん……Uさんを親しみを込めてこう呼んでいたが、毛涯章平先生のお話の中にも登場する公使さん、今でいえば庁務員さんになるだろうか。母親代わりにも思える、おばさんが用意してくれた給食の残りを、夕飯にと持たせてもらい、校地内にある住宅に帰っていく。そんな下伊那郡の中学校での初任時代を思い出す。
   「毎日一枚でいいから、簡単な日案を書いて授業に臨むように。」教頭先生からいただいた助言もあり、メモのようなお粗末なものを用意して数学の授業に臨むのが精一杯だった。
最近になり、当時の教え子達と話をする機会ができ、三十五年も前の思い出話をすることになった。隣のクラスのAくん曰く「今の仕事に着いたのは、あの時の数学のおかげだ。数学を学んだから、工業高校に行ってからも、勉強した。」他の学年だった人も、「あの数学の授業は忘れんな。」と言う。
 三学年「二次方程式」 根の公式を学ぶ場面。公式をみんなに覚えてもらうためには、どうするのがいいか考えた。そして始めたのは、生徒一人ひとりが暗唱し、クラスで一巡する時間を図り、クラスごとの時間を競うものだった。「今日の○組は○分○○秒でした。今日はどの順番ですか。はい、用意いいですか。……二分○○秒。」
  「これは、今日の最高タイムだね。では、今日の学習は……」
予想以上に、子ども達は燃えた。休み時間には、友達と練習する姿が見られたと担任の先生が教えてくれた。
単元もじきに終わり、半年も経つと受験の時期になったが、解を求めるために公式を使うのは抵抗がなかったようだ。
 こんなことを三年間同じように繰り返しただけだが、三十年以上たっても話題になるということはどういうことだろう。
・経験は浅く、力もないが、年の近い者が一緒に学習の場にいたせいか。
・ミニ・クラスマッチのような感覚で競い合うことが楽しかったのか。…クラスが一丸となって、教えあい、励ましあい、苦手な子が言うのを祈るように見つめる姿は確かにあった。
・数学が苦手な生徒でも、これだけは確実に授業参加できたせいか。…数学は得意でなくとも、人一倍早く暗唱できる子もいた。
・公式を身につけ、解が求められる自信につながったのか。
 とても数理を追究する入り口になったとは思えないし、分析もろくにできないわけだが、覚えていてくれる、共通の話題としてくれる。生徒によっては、あの学習が、その後の進路のきっかけになったとまで言ってくれる者がいる。
 その授業で人生が変わる子がいるかもしれない、ずうっと覚えている時間になるかもしれない、それが、これから行われる四十五分あるいは五十分になるかもしれない可能性を持っていることは事実だ。様々な課題が目の前に立ちはだかる教育現場、明るい話も少ないかもしれない。しかし先生方、臆することなく、子ども達の前に立つ時にその可能性を切り開いていってほしい。私たちの日々は子ども達の生涯を方向付けるものになるかもしれないということを忘れないでほしい。
 今でも、あの時間、静かな教室で公式を暗唱する声が聞こえ、順番になった生徒の紅潮気味な顔、それを見つめる周りの顔が鮮明に浮かんでくる。
(広丘小学校)

 

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